I'm just holding on for tonight.

どこにも行けない呟き

最近起きた奇跡についてとかの話

大切な出来事はちゃんと文字に残しておかないとなーと思ったのでやはりここに書くことにした。

 

少し前の出来事。

荻窪のパブに、大阪に行くときにお世話になっているパブのマスターが遊びに来るというので、仲の良いフォロワ達とみんなで「好きな曲かけてもらいに行こうぜ!!!」と喜び勇んで突撃した。

私の大好きなアーティストと言えばもうNから始まるあの長ったらしいバンド名の彼ら以外に存在しないわけで、さっそくAmsterdamをかけてもらいノリノリになった。

私は数日前に、メルカリで彼らの2年前のサマソニの時のプレゼント企画のチェキが転売されていたのを目撃したので、許せない!とりあえず入手元を特定したい!多分クリエイティブマンの3A会員のやつかwowow?他になんかある!?とその場にいた人達に愚痴っていた。

 

するとそこに来ていた知らない男性が、いきなり私のスマホをのぞき込んで、「僕それ3Aで当選しました!でも僕は大切に持ってるので犯人じゃないですよ!」

 


???

 

犯人じゃないですよ???

 

いや待って

ちょっと待って

そこじゃない、犯人とかじゃない、このチェキ自体がそもそも日本に2,3枚しか存在してないはずのものなんですけど、は????

 

いや別にね、日本の全人口が応募してるわけじゃないし実際応募してるのなんか数十人でしょうから、倍率自体は高くないでしょうよ。

でも2年前のチェキがたまたまここ数日に転売されて、その話をしていたらその場にいた人が彼らの音楽を知っていて、なおかつクリマンの3A会員で、それから彼らのサマソニのライブを見て良かったと思ってそのチェキを選んで応募して、そして見事当選して持っていたとか、え?これ一体どんな確率なんですか?

 

そこからもう私の頭の中はカラオケ大会から完全にチェキのことでいっぱいになってしまった。


そのあとはひたすら酔って彼にだる絡みしたことだけは覚えていて、いや別に私と彼らのエピソードを具体的に語って聴かせたいわけじゃないんだ、待ってくれ、とにかく彼らがどれだけ私にとって馬鹿でかい存在であって、貴方のその一言がどれだけ私にとって爆弾発言なのか分かってくれ、という気持ちだった。

 

いやだって、こんなことってありえるの???

 

自分がトイレ行ってる間に帰っちゃったら一体どうしようとひやひやしていたものの、最後にインスタを交換してもらえることになった。

だってもう、彼らの音楽を知っていて、なおかつクリマンの3A会員で、それから彼らのサマソニのライブを見て良かったと思ってそのチェキを選んで応募して、そして見事(以下略)の人物を私がみすみす見逃すことなんてできるわけがないじゃないですか。

 

いやー素晴らしい一期一会だったー!

ということで、終電も近いので、お世辞0%、純度100%の「お会いできて嬉しかったです!!!」を彼に言い残して大満足、帰ろうとしたら、彼も終電なので帰ると言い、どこに住んでいるのか尋ねたところ私ともろ同じ方向、ということでそこから先もまさかの1時間、時間を共にすることになった。

段々と平常心と羞恥心が戻ってきて死にそうになったもののどうにか耐え、あまりに家が近いので地元トークすらできることに気づき、私が行きたいと思っていたパブの名前が出たところで、え… これもう近いうちにまた飲みに行きます?

 

「ぜひ一緒に行きましょう!!」

 

本気ですか…?

 

みなさん!彼ら秋に新譜出しますからね!絶対聴いてください!ボーカルに歌詞書いてもらって、ここにタトゥー入れたんです!ほら!非公式ファンアカウントもやってるんで!フォローしてくださいこれ!今日も彼らのジャケット着てます!私は歩く広告塔なんです!とかベラベラベラベラ喋ってたのに、後日また会ってくれた懐の深さに感涙です。あの、本当にすみませんでした。

 

 

彼らの音楽を聴いてると、こういう奇跡みたいなことが次々起こるから人生楽しくてたまんないな~~~

 

ただ、それだけにとどまらず職場も同じ駅で、というか私のオフィスから200mしか離れてなくて、まさかと思いきや完全にお世話になってる取引先で… というのはちょっとあまりにおかしすぎて彼らの音楽がどうこうとかと違う次元の話になってしまうので割愛します。

 

 

 

それとは別に、奇跡みたいなことはもう一つ起きていた。

私は今年でめでたくメンクリ通院歴が十周年を迎える筋金入りの鬱人間なので、毎晩のように悪夢を見るのだけど、悪夢も多すぎて、もうストーリでいくつかのシリーズ分けが出来るレベルになっていて。

 

よく見るシリーズの一つに、縁の切れた昔の友人たちが出てくる夢があった。

もう連絡のつかない、会うことのできない友人2人がかわりばんこに夢にでてきて、場所は昔使っていた電車の中とか地元の街とかで、私は必死に彼女達を引き留めて連絡先を聞こうとするのだけど、スマホが上手く操作できなくて、聞き出せないうちに目が覚めるという夢だった。

LINEが普及する直前の友情だったから連絡先を知らないし、インスタなどのSNSも探してみたけれど何もヒットしなかった。

その夢は何十回と見るにつれてもはや明晰夢になってしまい、ここ数年は夢の中でもスマホは操作できるのだけど、LINEを開きながら自分でもう「ああ、これは私の夢の中だからもう二度と会えないや、さよなら」と口にして目覚めていた。

こういう夢から目覚めた後の虚無感ったらない。心が空っぽなのに凄く重い。

 

ここからどう奇跡に繋がるのかというと、ひょんなことから他の友人を通してその2人と連絡がつき、なんと再会することが出来たのだ。

 

そんなことって、起こりえるんだ。

 

悪夢との対峙方法なんて沢山調べたし、何をやったって駄目だったし、過去の人間関係についてのアドバイスだって調べまくったし、「会いたいと思う人は自分の知っている当時のその人に会いたいのであって、今は別に会いたい人ではないはず」とかいう言葉も信じ込もうとしていたけれど、13,4年ぶりに再会した彼女達は、当時の私が知っていた彼女達から何も変わっていなかった。

 

当然のことながら、彼女達と再会して以降、この悪夢は二度と見ていない。

こんな物凄い完全無欠の馬鹿力で1つの悪夢を退治してしまったのは初めてだった。

足を切断した人間が再びその足で歩くことが出来るようになるにはどうしたらいい?そんなの、その足をくっつけるしかない。いや、そんな馬鹿なことできるわけがない。

「彼女達ともう会えないという悪夢を見なくするのには彼女達に会えばいい」も、それとほぼ同じ感覚だったから、それが本当に実現してしまったことがあまりにも驚きだった。

 

悪夢から泣きながら目覚めて、虚無感で布団からすぐに起き上がることのできなかった私へ。人生って、こういうことも起こるみたいだよ。

本人達にはこんなこと恥ずかしくて話せないけどね。

このGWの最終日に、彼女達とヒアミーアウトケーキ作ってきます。

 

 

 

なので最近の私はとても心が穏やかです。

 

家族のこともそう。

父親が退職して、何十年ぶりかに両親が2人で旅行して、旅先から2人の自撮り写真が送られてきたのを見たとき、私が子供の頃から何年も目の前で積み重ねられてきた2人の軋轢が、嘘が、悪口が、怒鳴り声と泣き声が、その全てが、もうどうでもよくなった。

それが良い事なのか悪い事なのかはわからないし、悪い事だと言う人もいるだろう、私のようには前に進めない人だっているだろう。

 

でももうさ、もういいよね。

 

私がタトゥーに選んだ彼らの歌詞の”When you let it leave, it can't hurt you”という言葉はそう、優しいようで冷たくて、決して正解ではない言葉

そしてこの言葉は、そういう、もう持ち運ぶ必要のないものを手放してしまえるように。そんな思いも込めて入れた言葉だった。

 

そんなわけで私はとてもピースフルな気分になっているので、6年程ろくに口をきいていない、ほぼ音信不通状態だった兄にLINEまで送ってしまったわよ。

 

なんかもうね、もういいよね。

手放してしまってもいいよね。

 

 

でもこの世界は辻褄が合うように作られてますから、私の心がピースフルになるつれ反比例して、世の中がどんどんどんどんおかしな方向になっていってますね。

どうしてこう、全てがポジティブにはなってくれない世界であるかな。

 

 

少なくとも、壊れていく世界で正気を保てていられることには感謝しなくてはいけない。

鬱が酷かった時に離れていった人はいるし、人間不信にも陥ったし、孤独に心を殺されると思った時もあった。

でも今は、一度誘いを断ったらもう誘ってくれないのではないかとか、自分が何かを提供しなければ保てない関係なのではないかとか、張りつめられた細い糸の上を恐る恐る歩いているような人間関係ではない繋がりがいくつも出来て、救われている。

この歳でもそんな人間関係って築けるんだね。

 

こんなにひねくれている人間が、全ての人との出会いに感謝みたいな、使い古されて手垢の付きまくった言葉にしみじみするときが来ようとは。

ああ、そんな意味でもこの世は崩壊に近いのかもしれないね。

 

 

人との出会いや別れは全て縁だとか、自分を大切にしてくれる人だけ大切にすればいいだとかいうふわっとした言葉はよくわからんと思っていたけれど、最近インスタで見た、「貴方は美術館」というエッセイにふーんと思った。

 

ある人は外観だけ見て去っていく、別に興味がないから。

ある人は一階だけ見る、全てを見るのは疲れるから。

ある人は特別展だけ見に来る。

ある人は全ての階を見て、でも何も得ることはない。

ほんの一握りの人が、何時間もかけてそこに展示されている作品の深みを探ろうとするだろう。

そしてそれが、貴方を大切にしてくれる人達なのだ。

 

なるほどね、美術館だと考えたらなんだか受け入れられる。

どれだけ造詣の深い美術館も、1階の端から最上階の端まで、全てをなめ尽くすように見たことは私だってない。そう考えると、人と人との関わりなんて、全てを受け止めようとしてくれる人は奇跡に近い。ほんの一握り、存在しているだけでとても尊い。

 

でもそれと共に、別に全部見なくてもいいのじゃあないかとも思う。

貴方のその一枚の絵画があまりに強烈で、目を奪われてしまった!そういう人間関係もあっていいのではないの。

 

そんなわけで、もしこんなだらだら長い文章をここまで読んでくださった方がいるのだとしたら、私の絵画の一枚を見てくれてありがとうございました。

 

 

呪い

朝が一番つらい。

悩み事が眠いとかだけならどれほどいいか。

身体が空っぽなのに鉛の様に重いのはどうしてなのか。

 

彼らのライブレポに、セトリにサインを貰うまで生きなければならない的なことを書いたけれど、あれは別に大袈裟に書いた文じゃない。

幸せだし、今消えてしまえたらいいのにと、虚無感でいっぱいの毎朝思うけれど、私が死んだらこのセットリストはどうなってしまうんだろうと考えるし、きっとまた彼らに会えた時にこれを見せたら、絶対に彼はこの時のことを思い出して、笑ってサインを書いてくれるだろうから、それまで死ねないと思う。

何年だって待つよ。

 

自意識過剰だと思われても別にいい。

これが私の救いだから。

いや、呪いでもあるな。

 

自分が手渡した紙一枚がこんなものと化しているなんて彼は知りもしないだろうな。

 

【漫画】Nothing But Thieves

初めて描いた漫画。

Nothing But Thievesの音楽との出会いと、2023年に韓国に観に行ったライブの感想。

 

描き切るためにはどこかしらで妥協が必要だという痛い学びを得たけれど、とにかく22 ページ描き切ったという事実は大きいと思いたい。

 

 

 

 

 

 

 

【ライブレポ】Linkin Park

2月の怒涛のライブ日程が全て終わった。

今年のまとめを書く頃には全て脳裏からすっぽ抜けているだろうと思ったので書き出していたら、それなりの文字数になってしまったので、もう投稿してしまう。

とはいえ、ライブレポと銘打ちながらいつも大したレポートになってない。今回も始まるまでが長いので読まなくていいです。

というか、毎度痛感するけれど、結局のところ私には、目の前で鳴り響いている最高の音楽を言葉で表現する能力はない。

 

 

Linkin Parkは高校時代によく聴いていた。

まだSpotifyスマホも存在しなかった時代に。

CDは全部TSUTAYAでレンタルした。ウォークマンにMP4形式で保存したMVを入れて、休み時間に繰り返し見ていた。

油のにおいの充満する美術部の部室に籠ってスピーカーで彼らの音楽を流しながら、60号のキャンバスと格闘し、完成した身体が透明な少女の絵にNumbとタイトルを付けた。

その時点でいかに自分が根暗な高校生活を送っていたかがわかるな。

でも彼らの音楽は、まさにfeeling out of placeな私に居場所をくれた音楽だった。

 

 

Chesterが亡くなったのを知ったのは7月のある日、日本時間の朝の4時頃だった。

その頃の私は昼夜逆転した生活を送っていたから、多分日本のファンの中で早くにニュースを知ったと思う。

英語のニュースを目にした後も、TwitterのTLはいつまでも静かだった。これから起きてくる大勢の人達にこの真っ黒な塊を引き渡すのがとても恐ろしかった。

 

彼らの音楽は私にこんなにも救いをくれたのに、そんな彼自身が救われなかったなんて、これより悲しいことが、この世界にあるか

 

この心に空いた永遠に埋まることのない穴と、どう向き合えば良かったんだろう。

当時の私は文章を書いた。

ちゃんとした文章を書くこと自体初めてだったから、今思えば稚拙も甚だしいので、もう怖くて読み返せないけど。

大好きなアーティスト達には私はただこれだけを祈る。幸せでいてほしい、と。

 

 

そんなLinkin Parkが、昨年秋から活動を再開させることになった。

日本時間の朝の7時頃に、全世界に向けたライブストリーミングがあった。

新しいボーカルEmilyが登場して、私は新しい時代の幕開けを目撃した。

何一つ上手く言葉に出来ないけれど、これで彼は、きっと少しは、少しだけは、救われたのではないか。そう思って泣いた。

 

 

彼らの来日公演が発表された時には、既にNothing But ThievesEUツアーの予定を組んでいたから、慌てた。

でも2日目は12日ポーランドから帰国する日だった。

行ける、ライブは夜だから行ける。アーティストだってタイトなスケジュールで時差ぼけと闘いながらステージに立っているんだから、私だって行ける。なぜアーティストと対等の思考になってんだか分からないけども。

 

朝の6:30に羽田に着くから、本当は厚かましくも出社までして仕事終わりにさいたまアリーナまで行こうとしていた。

けれど帰国までの乗り継ぎ途中のオーストリアの空港で、開演時間が19:00ではなく18:00だったことに気づいて唖然とした。何を勝手に勘違いしていたんだか。普通に仕事終わりじゃ間に会わないじゃん。直前で気づいて良かったけど。

 

私には情報を読み取る能力が著しく欠けていると思う。

大学入試の前夜、受験票を鞄に入れたか確認した時に、試験会場が自分が行く気満々だったキャンパスじゃなかったことに気づいた出来事を思い出した。あのまま別のキャンパスに行っていたらあの大学には入れなかった。

 

ライブの半分見られないとかアホらしいので結局会社は休んだ。

ただその結果時間に余裕が生まれたので、一度帰宅して仮眠をし、フォロワーさん達と再会してお茶することが出来たので結果オーライです。

7月のフェスを残してあと有休が3日しかないのが笑えるけども。爪に火を点すような生活というのがどんな感じだか知りたくなかった。

 

 

大好きなアーティストは、聴き続けるとそのうち自分と一体化して、聴く必要が無くなってしまうとどこかで読んだ。(その点某バンドは7年経っても未だに毎日聴いているのが恐ろしいのだけど)

彼らの楽曲もその言説に当てはまって、もう7年以上聴いていなかった。

 

でもライブ前に聴き返すことは一切しなかった。それだけは徹底させた。

なぜなら彼女の声に合わせてキーが結構変わっているという話を耳にしたので。

私は変調は気にしようとしなくても気になってしまう耳を持つので、余計な雑音をライブに入れたくないと思った。純粋にEmilyのLinkin Parkを楽しみたかった。

 

さいたまスーパーアリーナでライブを見るのは初めてだったな。

新しいLinkin Parkを歓迎し、ライブを見るのを楽しみに来ている人がこんなに沢山いると思うと、それだけで嬉しかった。

 

日本の為に桜のデザインにしてくれたらしいシンボルマーク。

チケットが高かったのと、疲れているだろうから揉まれたくなくてスタンド席を選んだ。

ほぼ斜め後ろな感じ。正直まだ日本に戻っている実感が無くて、地に足がついていなかったから、観るライブに徹していたことは否めない。

そういえば、私の周りの人は私より年齢層の高い男性ばかりだったなあ。

 

Somewhere I Belongでライブは始まった。

(縦型動画だと見にくいけど、右下の□ぽいの押すと拡大出来て、×ですぐに元にも戻せるのでおすすめです)

 

彼らの数多い孤独を歌った歌の一つ。

Chesterの姿が脳裏に再現されるくらいにはMVを繰り返し見ていたことを思い出した。

 

この後にライブが4つ控えているので、余韻がですね、大渋滞してそれはもう大変なことになると、感情が追いつかないまま記憶から消えてしまうと、そう思ったので、もう割り切って、好きな曲は全て動画に収めることにした。

でもスタンド席というのもあって、スマホの画面越しでなくライブを楽しめて良かった。

 

もうさあ、Mikeが楽しそうにしているだけで、それでいいよ。

彼がこの決断をしてその身に背負ったものはどれほど大きかっただろう。

 

私はMikeとChesterのLinkin Parkのライブを見たことは無かったから、それが理由かは分からないけれど、彼とEmilyが横に並んでマイクに向かって叫んでいる姿を見て、私はただ、ああ、これはLinkin Parkだ、Linkin Parkが私の元に戻ってきたんだ、と思った。

 

けれどもRobの脱退の話を聞いた時は、何年か前にこのブログのコメントで紹介してもらって見た映画、マンチェスター・バイ・ザ・シーを思い出した。

最後まで綺麗じゃなかった物語。

現実の方が、よほど綺麗な物語じゃない。乗り越えることだけが賞賛される正解ではないだろうと思う。彼が彼自身の救いを見つけられたことを祈る。

 

Joeはほぼ見えない位置にいたけれど、時折スクリーンに映る彼の姿が昔と何一つ変わっていなくて、楽しそうにターンテーブルを操っていてよかった。

彼の胸中なんて語れるはずがないけれど、なんというか、昔からバンドに安心感を与えるような存在だなと思っていたから、彼がMikeと共にいてくれることを選んだことが素直に嬉しい。

Phoenixもとても楽しそうで、時折優しそうな笑みを浮かべているように見えた。


Waiting for the End

温かくて優しい歌声に包まれるこの曲が大好きだった。

この曲の入ったアルバムA Thousand Sunsが、私は彼らの作品の中で一番好きだった。

スクリーンに映し出された映像も繰り返し見ていたMVを想起させて、ひたすらこの曲の中に落下していくような没入感を感じた。

自分の存在が薄れて、彼らの音楽を繰り返し聴いていたあの頃の空間へと、身体が遡っていく感じがした。

 

Emilyのシャウトは、それはもう大勢の人が称賛してるように凄まじい破壊力を持っていたけれど、それと同じくらい、クリーンなボイスには、Chesterの歌声が持っていた優しさが感じられた。

 

Numb

イントロからぶわっと歓喜の声が上がる。

この瞬間を待ち望んでいた人がどれだけいただろう。


I'm tired of being what you want me to be

 

あまりネガティブなことは書きたくなかったけど、Chesterが亡くなって、私達は、彼らの中で一番人気のこの曲の、この歌詞の持つメッセージを、結局全く理解していなかったじゃないか、と皮肉に思った。

彼が生前口にしていた苦悩の言葉に重なっているから。

 

私は未だに心のどこかで、彼は私達が殺したんじゃないかと思っている。

だからこの曲は、私の中でより一層空虚で、それでいて胸を締め付ける曲になっていた。

 

でもそうか、この曲はこんなに大勢の人達と、一つになって歌える曲だったんだね…

 

I'm becoming this all I want to do
Is be more like me and be less like you

 

私達は同じ過ちを犯さずにいられるんだろうか。

Emilyの、彼女の歌声がLinkin Parkになったように、彼らがこの先どのような音楽性を追求しても、全てが彼らであると、ちゃんと気付くことが出来るんだろうか。

この曲はいつかまた、私を救ってくれる曲になるんだろうか。

 

そこからIn the EndFaintと、惜しみなく披露される名曲続きの贅沢さに溺れた。

昔の曲が悪目立ちすることもなく、新譜の曲が浮くこともなく、初めから終わりまでLinkin Parkのショーを楽しめたから、やっぱり聴き返さずにライブに挑んだ判断は間違っていなかった。

 

Heavy Is the Crown

この曲の威力もすごいよな。

Chesterの代役が務まる務まらない?うるせえよ!私は私だよ!って叫んでいる感じがする。

Chesterが唯一無二の存在だったのと同じように、Emilyもまた唯一無二なのだから。

 

約2時間のショーは充足感と共に終わった。

2025年に、私は遂にLinkin Parkのライブを見た。

 

ライブのあった数日間、TwitterLinkin Parkのワードで、ポジティブな投稿が溢れかえっていて、とても嬉しかった。

そんなの、何年ぶりだろう。こんなことが再び起こるなんて、想像していなかったな。

 

彼らのこの先の進む道に、幸多からんことを。そう祈らずにいられない。

 

揚げた芋

久しぶりの文章。

個人的な投稿は結構消してきたので、これも多分消すかもしれない。

 

エッセイ漫画家、永田カビさんの新しい著書が出たらしい。

 

彼女の漫画は何作か読んでいるけれど、ファンを自称するには気が引けるし、今回のテーマである摂食障害は経験したことがないので、トリガーになるのは怖いし買うかはまだ分からない。

けれど、言葉に上手くできないもやもやした感情を、あまりにも如実に表現してくれる彼女のイラストには、見ていて一種のカタルシスのようなものを覚えて、何度も救われている。

 

ネットでの連載から始まった今作の一話目も、まるで過去の私のようで驚いた。

表紙から見て取れるように、話はコンビニのコロッケを貪る彼女から始まる。

(リンクから試し読みできる)

 

揚げた芋でしかどうにもできない気持ちというものが有る

 

大学時代、コンビニのコロッケに救われてた。

自分自身にお金を遣うことが無駄に思えて、許せなくて、昼ご飯が買えなくなった頃。

おそらくその頃から鬱病になっていたと思う。

 

大学の3つのカフェテリアを渡り歩いて、メニュー表を端から睨んで、どれもお金の無駄遣いに感じてその場から立ち去った。

隣接しているコンビニにも2店舗行って、棚の商品の値段を一つ一つチェックして、それぞれの数百円がとてつもなく高く思えて、全て元に戻した。

 

そんな私が最終的に行き着いたのがファミコロだった。

今は100円を超えてしまっているけど、当時は80円代だったと記憶している。

それは自分にとって許される金額だった。

そして揚げたてのそれは温かくて、とても美味しくて、炭水化物が腹を満たしてくれて、無事に一食分とカウントされた。

こうした無意味な行為をしているうちに、あっという間に休み時間は過ぎて、私はしょっちゅうファミコロを片手にゼミに顔を出していた。

 

まあ最近は過去の事はあまり気にならなくなったのだけど。

ファミコロ、あの頃の私を救ってくれてありがとう。

 

ちなみにサムネは全然関係ない、ふるさと納税でもらったクッキー缶だよ。

なんだか虚無ってる顔が可愛いね。

毎年一つはクッキー缶にしようと決めている。クッキー缶って、なんかただ理由もなく自分の為に買うのは気が引けるので。

缶にぎっしり詰まった色んなクッキー達からしか得られない栄養がある。

 

あー今もあんまり変わらんかもしれない。

先日スーパーでパイナップルが200円で売られているのを見て、抱えて帰った。

6等分して一週間の昼ご飯にした。

でも今はもう自分に責められることは無くなったから、その分成長したな!

 

 

ネガティブなことを呟くのを辞めて、代わりにそういった事を常に呟いているアカウントをフォローしていたら、7万人のフォロワーがいる方が、来年本を出すという。

ネガティブな発言も、私みたいな人間からは不快感しか与えなくても、見る人が多ければやはりコンテンツとして成功するのだという再認識と、コンテンツ化した彼女からは誰も幸せを求めていないのだろうなという虚しさを覚えた。

いや、カビさんにしろ、それが本人の望むことならば、ただただ過干渉で失礼な憶測を立てているだけになるけど。うん、そうであってほしい。

 

 

いい加減主治医の語る私の人物像にうんざりしてきた。

機能不全な家庭に育ち、未だに母親の影響に囚われ、会社ではADHDで仕事に苦戦しているらしい。

 

いつまでこれやってんだ。

毎月困り事を用意するのが馬鹿馬鹿しく思える。

 

まあ、完全な健康体に戻りました~なんてこともないわけで、不眠も悪夢も相変わらずだし、この一年もコンスタントに6時間寝れた日は無かっただろうけど。

でも普通に一人で生活できているし、今年は手術に引っ越しに、色々なハードルを飛び越えたので、この一年は評価に値すると思う。

 

でもその次は?

その先には一体何がある?

何年か前に、自分の人生はネット環境が悪くてなかなか読み込めないYoutube動画のようだと書いた。

グレーのバーが進まない、赤いバーが追い付いては止まる、ガタガタの動画。

用意された道が無い。

いや、人生みんなそんなもん?

 

前の記事に書いたけれど、どの道を見ても、自分がしたくてするのと、しなくて後悔しないか不安でするのと〜という面倒な思考にぶつかる。

来年は何かをする時に悩む時間を減らすのを目標にしようと思った。

私の場合、思慮深いだなんてことはない。同じ場所をただ行ったり来たりしているだけで、時間の無駄だから。

自分の思考回路を信じるな。よし、これでいこう。

 

ボーナスを貰ったので、ヨーロッパへの航空券を購入した。

これは一体、自分がしたくてした選択と、しなくて後悔しないか不安でした選択と、どちらだっただろう。

買ってしまった事実は変わらないので、もう考えたくもない。

 

透明な道にライブの予定だけが点々と置かれていく。

 

手紙

ハロー

こんにちは

お元気ですか

 

最近引っ越しました。

独り暮らしを始めました。

好きだったみなとみらいの近くです。

 

家が綺麗すぎて最高。

こんな人気の観光地でこんな良い物件を、あまり高額でなく手に入れられて、幸運すぎる。

 

数年前、レコードプレーヤーが買えないと嘆いていた自分が、沢山の家具を買った。

自分の半径1メートルにしかものを広げられなかった自分が、部屋のインテリアを考えた。

 

こんなにも人生が変わった。信じられない。

 

誰か褒めて

 

いや別に誰のコメントも求めてません。

このブログはただの独り言なので。

誰にも読まれることを想定していないので。

いや、もしかしたら過去の自分に向けた手紙なのかもね。

 

オーストラリア旅行もラッキーの連続だった。

こんなにハッピーだとこれから良くないことが起きるんですか?

そんなことは考えたくない。

ここまできたら、幸運は手に入れられるだけ手に入れてやる。

 

なんてすぐには思えないけどね。

今年は認知のゆがみを治す一年にできたらとは思う。