【コロナ旅行記①】空っぽの成田空港

きっかけは気まぐれに載せたインスタのストーリーだった。

年末にガレットデロワを食べにフランスに行けたらいいなあなんて思って、パリの地図を載せていたら、ブルネイ人の友達Nickから「フランス行くん!?5月に仕事でオランダに行くよ!間のベルギーで会わない?lol」とメッセージが来た。

はは、面白いじゃん。と思ったけど、その時は軽く流してた。だってまだ海外旅行なんて出来ると思ってなかったから。

 

転職活動が終わってから入社まで間があったので、年末年始は暇だったけど、ちょうどその時はコロナの変異株が猛威を振るっていて、ヨーロッパ圏は軒並み入国後の待機が2週間だった。しかも1週間は隔離施設行き。さすがにそこまでしてまで行くべきではないと思って諦めた。

 

コロナによる海外渡航の規制が少しずつ緩んできた春。

私が海外旅行に可能性を見出したのは4月に入ってから。

少し前にイギリスをはじめとするヨーロッパ圏からの帰国は、ワクチンの3回接種が終わっている人は自宅待期期間が無しに変更されていた。こういうのしれっと変更されるんだよなあ。絶対ニュースになってないと思う。知らなかった人多いと思う。

 

新しく入った会社は、いきなり一週間休みを取って旅行に行くような人が平然といる超絶ホワイト企業だった。

でも入社したばかりだったから、有給なんかないし、ゴールデンウィークはカレンダー通りに過ごす予定だった。

が、GWの話をしていたら、「有給は規則でまだ出せないけど、休みたい時は別に自由に休んでいいんだよ~」と突然言われた。どこか行くの?と。

 

アホなので反射的にExpediaを開いた。

もしかしたら今年は海外旅行が出来るかもしれない。そう考えて、切れてたパスポートを無職期間中に更新していた。これが正解だった。まさかこんなに早く行けると思ってなかったけど。

 

まじで会えるかもしんない… とNickに恐る恐るメッセージを送った。

じゃあ会おう!と二つ返事で滞在先の住所を送ってくれた。

なんなら泊まっていいよ、宿代浮くでしょ笑、と言われた。

 

本格的に旅の計画をしだして、航空券を購入したのは4月25日。出発の1週間前。

完全に「そうだ、京都行こう」のノリだ。

海外旅行を1週間前に思いつくような人、私以外にいるのか。

 

肝心のフランスはというと、ガレットデロワが出回るのは年末年始なので保留にした。

まず今行きたかったのが、イギリス。世界で一番好きなバンド、Nothing But Thievesの地元を歩きたかった。

それからオランダに行くなら途中でベルギーにも寄ろう。

めちゃくちゃ杜撰な旅の全体像が出来た。

 

ここでコロナ禍における海外旅行の現状を自分なりにまとめてみようと思う。(日々変化してるので本気で参考にしないで下さい)

 

海外旅行における懸念点まとめ

 

フライト事情

コロナで本数が減ってるから航空券の価格が高騰している。昨年末にいきなり政府が日本入国を完全に禁止するとか言いだした時なんか、イギリス往復の航空券が一気に50万、60万、100万を超えた。エコノミークラスがだ。頭の悪いオークションを見てる気分だった。

キャンセルも多発していた。入国者数をコントロールする為に政府がちょこちょこ数を調整しているという噂があった。

またロシア情勢渡航ルートが変わり、従って渡航時間も変わるので、ロシア上空を通る飛行機は一度軒並みキャンセルになった。つまり数か月前から帰国を計画していた真面目な人達が全員被害を被ったわけ。

今も航空券は高い。GWに海外に行ったことがなかったからこの時期の相場は知らなかったけど、それでも普段の2倍位あったと思う。

直前に買えばその分高くなることも承知の上だったけど、それでもコロナのせいで馬鹿みたいに値段が上がったりと常に不安定で、加えていくら前に買ってもキャンセルさせられるこのめちゃくちゃな状況からしたら、至極妥当な判断に思えた。

 

外国の入国規制

これはかなり緩和してきているけど、まだまだ色々な手続きが必要な国が沢山ある。入国後に隔離が必要な国もまだある。

ベルギーはワクチン接種3回と、なおかつ滞在48時間前までに個人情報、滞在先の届け出が必要だった。(2022年5月現在)

国によって変わるから、ちゃんと調べておかないと、せっかく辿り着いたのに入国拒否されるなんてことにもなりかねない。

 

陰性証明書

多分これが一番大変。

日本に帰国するには現地出発前72時間以内PCRを受けなければいけない。

なおかつ頭の堅い日本政府は、日本用のフォーマット用紙に結果を書いてもらえと言う。だから知らない土地のPCR会場で、日本側の条件を満たす検査をしてもらって、検査と結果の記入の2日、その場に行く必要がある。

私が日本帰国に向けて去る国はオランダだから、オランダでPCRを受けなければいけない。探すのが大変だった。オランダ語が読めなすぎて詰んだ。英語圏以外でこんなことをするのは完全にbad ideaだった。

実際に証明書が条件を満たしてなくて、空港で断られた人もいる。日本に到着したのに入国出来なかった人もいる。

というかそもそも、そこで陽性だったらどーすんの???

晴れて現地の病院への入院が決定☆

そうなると莫大な量のお金が一瞬で消えるので、初めて海外旅行用の保険に加入した。

コロナが始まって2年。もうちゃんとコロナ感染に対応してくれる保険があった。

 

日本の帰国規制

コロナの変異株、感染者数の変化によって、海外からの帰国後の規制内容もコロコロ変わってる。

特に昨年冬は酷かった。隔離期間が1週間になったり2週間に戻ったりした。直前にいきなりやっぱり隔離期間伸ばしまーすなんて言われたら会社員は死ぬ。

少し前までは、帰宅時の空港からの公共交通機関の使用も認められていなかった。

それから空港到着後にも検疫を受けなければならない。大体4,5時間くらい待つとも言われていた。

どんなに頑張ってPCRの陰性証明書を手に入れていても、そこで最後に陽性だったら終わり。日本での隔離生活が待っている。

この前聞いた統計では約100分の1の確率で出てるらしかった。

 

ここまで書くと、よくそこまでして行ったなと思う。自分でもよくわからない。

でも基本的に自暴自棄な性格だから、別にどうなってもいいやと思った。

まともな人はまだ行かないほうがいい

 

私にとって海外旅行は抗鬱剤のODに等しかった。この数年間で溜め込んだ錠剤を一気に飲み込んだ。

 

でもただの一人旅だったらしなかったと思う。友達に会いたかった。

彼は私の中で一番会えなそうな友達だった。

でも人生で何百回も繰り返してきた空虚な「また会おう」の中で、彼の「また会おう」はいつだって本物だと思ったし、それを現実に出来たなら、それは私にとって宇宙に行くくらい凄いことだった。

 

私はこの方のyoutubeから情報を得ていた。

それからコロナ禍でも海外旅行をしている人達のコミュニティに入っていて、常日頃から情報共有を受けていた。驚いたのは、ワクチンを一度も接種していないのにヨーロッパを周遊している猛者が結構いたこと。

でもいつ自分のフライトがキャンセルになるかもわからないし、正直出発のその日まであまり期待してなかった。死ぬほどネガティブだし

たとえ行けなくなってもすんなり諦める予定でいた。だからほんの数人にしか渡航を伝えてなかった。

そして、こんなにも沢山並べた懸念点だけど、それよりも何よりも、私は人に叩かれるのが怖かった。本当に私らしいと思った。

でも今のところ誰にも批判されてない。面と向かってなんて言われないだろうけど。

それどころか「こんな経験出来るの今しかないよ、楽しんできて!」と人に言われて拍子抜けした。

 

5月2日

仕事終わりに、半信半疑のまま成田空港に向かう。

Nickがオランダに着くのが7日だから、それに合わせて私の旅程もGW終わりから少し後にずらした。

というか仕事で来るのにいきなり私なんかと会ってて大丈夫なの?職場の人は?と聞いたら、「職場の人間なんか知るかよ!君とは5年会ってないんだよ!」と言ってくれた。

彼との出会いのきっかけは後で書くと思う。

 

成田空港

午後7時。

うわー、なんだこのお葬式みたいな国際空港は。GWなのに。まあ中日だけど。

改めて海外旅行がいかにアブノーマルであるかを思い知らされる。

 

こんなスッカスカのフライトボード見たことないけど…

よく見たら3本キャンセルだし。飛ぶやつ3本しかなかった。

ブルネイの方がよっぽど飛行機飛んでるわと言われた。

 

それでもニュースでは、海外旅行客は昨年の5倍に増えたと言っていたらしかった。

それが10から50に増えたか1000から5000に増えたかで全然違うと思うんだけど。

 

コロナ禍で誰かが"the only hallway I miss"ってこの写真を載せてたのを思い出した。

ほんとそれ。

 

カタール航空を利用した

…これは、ジョークなのか。

イスラムが国教の彼に恐る恐る聞いたら、イスラムあるあるだと笑いながら言われた。

彼はクリスマスが禁止されてる国に暮らしてるのに何故かクリスチャンだった。だから自分だけお酒が飲めると言っていた。そんなんありかよと思った。

 

ひっさびさの機内食

機内食にしょっちゅう蕎麦が出てくるのはなんなんだろ。しかも他にパンとかご飯とかあるのに。とりあえず日本人なら蕎麦出しときゃいいだろって感じ?

 

ここ数年で私のメンタルは更にボロボロになってたから、なんと行き帰りの飛行機で一度も映画を見なかった。以前はラッキーとか思って4本は見てたのに。

2時間ぶっ通しで脳に情報を詰め込むという行為が既に耐えられなくなっていた。

 

それから初めてホームシックになった。

正直早く家に帰って自分のベッドでぬいぐるみを抱きしめて寝たかった。

人生で初めての海外で、しかもいきなり4ヶ月半も滞在した留学の時は、ホームシック?何それ食べれるの?ってくらいに理解できない感覚だったから、それが自分の元に現れたことがただただショックだった。

自分が自分で無くなっていくのが怖かった。

 

日本発着の飛行機はガラガラで、隣もその隣も空席だったから、行きも帰りも3席分使って横たわって寝た。

実質ビジネスクラスじゃん。

皆そうやって寝てて、機内はカオスだった。

 

乗り物に閉じ込められたまま燃やされる悪夢を見た。

目覚めてから、自分が地上から遠くかけ離れたところにいることがショックでパニックになりかけた。もうどうでもいいから早く降ろしてくれと思った。

 

窓の外からこの世のものとは思えないものが見えた。

 

ドーハで乗り継ぎ

というかなんで乗り継ぎに8時間も使ってんの。予約した時は気にもかけてなかったけど何だこれ。

でも選択肢も無かったし、ここまで来てしまったらもう、何もかもが仕方がない。

アラブの人達は皆強めの香水をつけていたから、カタールはいい匂いの国という印象が残った。

 

ヒースロー空港には午後6時に到着した。

入国手続きは軽く見積もって1時間。明るいうちに宿泊地に辿り着けるか不安だった。

スーツケースを待ちたくなかったから、機内持ち込み可の小さなものにしていた。

 

イギリス入国手続き

列も何もほとんどなくて、機械でパスポートをスキャンして… はい、それで終わり。一瞬

ワクチン接種の有無すら聞かれなかった。

気づいたら終わってた。

あまりにびっくりして、あの機械通っただけなんだけど他に何もしなくていいの?ってわざわざ係の人に聞いてしまった。

 

4年前に作ったOyster cardを機械に差し込んだら使えて感激した。

 

ロンドンの地下鉄、通称Tube

前もびっくりしたけど、やっぱりまたびっくりする。この電車のあまりの小ささに。

ロンドンにすら、こんだけしか人がいないのか…!この程度が帰宅ラッシュなのか…!

マスク率は1割程度だった。ここで即、日本と世界との乖離を思い知らされる。

私は怖いから着けたままでいた。

 

West Ham

ここからc2cという国鉄に乗り換えて、Nothing But Theivesのゆかりの地、Southend-on-Seaへ向かう。

 

海外は日本より治安面が心配だけど、夏は夜遅くまで明るい所が多いから、これで少しだけプラマイゼロに近づくよね。

でもボーカルのConorの家の最寄り駅、Leigh-on-Seaに辿り着いた時はもう午後9時。薄暗くなっていた。焦ってて写真撮ってないや。

 

駅は無人だった。バスのチケットを買う場所が見つからなかった。小銭が必要かもしれないと思ったけど、両替機が動かなかった。

藁にも縋る思いでやってきたバスに乗って、運転手にチケットの買い方が分からないと伝えたら、「いいよ!乗っちゃえよ!どこ行きたいん?」と笑顔で言われた。

ああ、ここは海外だ。と実感した。

 

バスに乗って、宿泊地に向かう。途中でいきなりConorの住んでいたアパートの前を通って呆然とした。

堂々と無賃乗車をして、運転手に"Have a good night!"と言って逃げた。

 

田舎にはホステルがないし、ホテルは高い。だから初めからAirbnbで宿を探していた。

Airbnbの家の中で、Conorの家から2番目に近い家に泊まることができた。(1番目はチェックインの時間が合わなくて駄目だった)

その距離、約400m程

彼もこんなに頭のおかしいファンがいるとは思わないだろうよ。

 

やっと着いた

完全にファミリーをやっている家で、その屋根裏部屋だった。

 

でもこれで、これでやっと一息付ける。

 

遂にやった。

4年ぶりに、日本の外へと飛び出した…!

 

に続く