続き

海外に行くと自分から解放される?

先日そんなこと書いたけど、嘘だ。

何言ってんだ。

 

だって私はいつも、事前に行きたい場所、行かなきゃいけないと思う場所、行く順番、使う電車、到着時刻、あらゆるものを調べまくって、現地に着いたらその通りに行動しないとイライラする人間だったじゃないか。

海外に行っても神経質な自分に縛られたままだったじゃないか。

 

友人とニューヨークに行った時のことを思い出した。

事前に皆で計画を立てて、彼女らの行きたい場所を聞いて、私がメモを取った。

当日そのメモをどこかに落としてしまって、私のイライラがスタート。

友人が乗る予定じゃなかった違う目的地へ行く船のキャッチについて行ってしまって、これじゃないと言っても耳を貸してくれず、挙句にそのキャッチに20$札のチップを渡したところで私のイライラが頂点に来た。

それから私が行きたいと言ったカフェに来た時は、「すごく混んでるね、こんなに待たされるなんて…」と言われ、自意識過剰な私は文句を言われているとハラハラした。

そんなことを思い出すと、つくづく人と旅行をするのに向いてないなと思う。

自身の神経と他人の顔色の両方を伺いながら行動するのはひどく疲れる。

 

でも旅行はまあ、少なくとも「日常の私からの自由」だ。

それから深夜バスを乗り継いだとか、フェスを梯子したとかいう、ぶっ飛んだ行動力は、自己肯定感を上げてくれる要素になる。最高の思い出は私の人生の価値を上げる。

 

海外に行けば、好きなものを買える。

これもそうだ。

でもそのお土産は、スーツケースに詰め込んだ宝物は、家に帰るとたちまちただのガラクタと化す。虚しさでしかなくなる。

それを分かっているのに、なんで同じことをしようと思うんだろう。

 

海外に行くと「消滅」に近づけるというのも、間違いじゃない。

消えてしまえたらいい。

数年前からずっと、海外旅行中に死ぬのが一番幸せな死に方だと思っていた。だって、自室で惨めに首を吊ってるより最高じゃない?

骨はヴェネツィアの運河にでも撒いてよ。

 

でも準備をしていて、ふと思った。

今海外で事故にでも遭って死んだりしたら、「このご時世に海外旅行なんかするのが悪い」って死体蹴りをされるのでは?自分は良くても、周囲に迷惑がかかるのでは?そもそも海外旅行をするという行為自体で、人に嫌われてしまうのでは?

PCRを予約して、入国申請もだして、必要な書類を全部印刷して、どんな困難も全く意に介していないのに、一番気を病む事がそれだよ。

最高に最高に私らしくて笑える。

他人の事ばかり気にしている。誰もお前の事なんか好きじゃないのに

 

今も海外旅行をしてる人はいっぱいいるけど、大手旅行会社のツアー予約も再開されているけれど、見ようとしない人は見ないだろうし、日本人は皆で殴ってくるから怖い。

留学中の旅行だったなら、仕事で出張していて空いた時間とかだったなら、多分全く話が違うんだろう。

 

曖昧で不可視、でも一歩踏み出ると石が飛んでくる境界線がある。

コロナ禍で沢山生まれた。

マスク、外食、国内旅行、コンサート、その他イベントもろもろ。

誰もがうんざりしてる。誰かが境界線の外に踏み出るのを、そして広げてくれるのを、みんな内心は期待してる。でも自分ではありたくない。怖い。互いの顔色を窺っている。

ああ、皆私と似たようなもんなのか。

昨年のスパソニは本当に勇気ある一歩だったなとすごく思う。

 

 

最近、思いついたことを次の瞬間に行動に移さないとすぐに忘れてしまう。脳から消えてしまう。自分が今何をしていたのか思い出せなくなってしまう。「何かをしようとしていた」という記憶だけを残して。

薬のせいか自分の精神自体のせいか分からないけど、ここ数年どんどん自分が壊れていってる気がする。

こんなんで海外に行って本当に大丈夫なのか。

こういう思考も、次の瞬間には忘れて「何かを考えていた」という記憶だけが残る。そしてそれに対して酷くイライラする。だからすぐにメモしないといけない。

 

 

そして今は成田空港にいる。

無事帰ってこれたら、どこに行ってきたか、何をしたか、全部書きます。