避難場所

恋人の部屋には私が考える全ての「無駄」がある。

UFOキャッチャーで手に入れた大量のぬいぐるみ、何度もガチャガチャを回して山のように集まったおもちゃ、ライブのたびに買ってるグッズ、何が楽しいのか分からないゲーム。

そして、それをとても羨ましく思う。

持っている意味とか、いちいち考えもしないんだろうな。

自分が死んだらこれがどうなるとか、気になりもしないんだろうな。

 

この乱雑とした、私の張りつめた神経が全く無意味な部屋にいると、息が楽にできる。

それは多分、自分にとって「どうでもいい」部屋だから。

もしそれらを自分と共有することになったら、私の神経が作用する範疇に入ったら、途端に全てがただのストレスになるだろうから、この人とこの先何年もずっと一緒にいることは全く考えてない。

ただの一時的な避難場所。私が私から逃げるための。

 

家から出たくて衝動的に自分の物を段ボールに詰めてしまったから、今はスカスカの棚と、床に積んだ段ボール箱に囲まれた部屋で暮らしている。

結局家を出る気力はなくて、結果ただ物を広げると落ち着かなくなっただけだった。それすら「消えてしまいたい」という気持ちと反対にベクトルが向いていると気づいたから。頭がおかしい。

ここにいたくないけど、どこにも行きたくない。どこかでまた物を広げて、自分を再開させられる自信がない。それが一番家を出れない理由。

 

壁に飾っていたポストカードも眺める余裕がないから全部外した。

どうせ明日も着るからと、コートを掛けることすら億劫で辞めた。自分の半径50cm以内に毎日触る物だけ置いて、あとは全て放置している。

 

自分の部屋にいるとただただ苦しい。

何かしなきゃいけない、じゃないと時間の無駄になる。でも何かしても全部時間の無駄に思える。だから何も触れないし、何も出来ない。

この思考から解放される時は来るのか。

普通になりたい。死ぬ為に生きるのを辞めたい。でも自分が存在していることを肯定できない。

 

恋人には私の1/10も貯金がない。なのになんであんなにくだらないものを次々と買えるんだろ。一々驚く。理解できない。

私は物を手に入れても、その一瞬の快感を味わっただけですぐに手放してしまう。

持っているだけ無駄に思える。自分の部屋に置いておく意味がない気がする。

先日この前読んだ漫画の展示会に行ったら、キャラがランダムに出てくるカードを2枚貰えた。貰った直後に「このペアなら売れるな」と思ってしまった自分に凄く失望した。

 

だからお金はあまり使わないし、ひたすら貯めている。

お金は偏差値のように絶対的な価値だから、自分の存在価値も上がる気がして心強い。

そして私がお金を貯めている1番の理由は、海外旅行がしたいから。

 

数年前にイギリスへ一人旅をして、夜中のロンドンをぶらぶらした。楽しかった。

行ったことのない場所へ行って、見たことのないものを見るのは凄く楽しい。

でもそれだけじゃない。

コンビニで食べ物を買うことすら自分を責める自分が、海外へ出ると、スーパーで色んなお菓子を買い漁れる。美味しいレストランへ入れる。深夜バスに乗ってライブを見に行ったり、フェスを梯子したりすることも出来る。行きたいところへどこへでも行ける。何でも出来る。自由になれる

日本の外に出ると、日常から出ると、「私」から解放される。息が楽にできる。

外国は私の避難場所になった

私は地球の裏側まで行かないと私から逃げられないのか。

 

そして「独りぼっち」を100%肯定してもらえることは、私にとっての幸せだった。

地球の裏側で、独り。

私の意思は誰にも干渉しない。そして誰の意思も私に干渉しない。誰も私のことを知らない、認識していない。そして、それが当然。それが正しい

 

海外旅行は、死ぬ以外で一番「消える」に近づける行為だということに気づいた。

このまま本当に消えてしまえたらいいのにと思った。とても気持ちがよかった。

はあ、なんて高くつく快感だろう。たった一瞬で、刺激的。

だから例えるならそう、私にとって貯金とは、ODをする為の錠剤を溜め込んでいる感覚なんだ。

 

というわけで、この数年間で溜まった錠剤を使って、来週海外旅行に行ってきます。

 

随分前に書きかけで放置してた文だけど、オチが出来たのでこれで完結。

このご時世なので、冗談抜きで無事に行けるかも帰って来れるかも自信がありません。