You are what you love not who loves you.

自分に影響を与えたかっこいい音楽を紹介したりとかしてます。

欠陥人間

沈んでないとか数日前に書いたばかりなのに沈みかけてる。

 

「どうでもいいはずのことをどうでもいいと思えるようになる」のが目標。

でもそれってずるくない?たまに思う。

白人の男性ならきっとどうでもいいと切り捨てられることが多いけれど、有色人種の女性だったら?マイノリティだったら?どうでもいいと切り捨ててしまったら、声を上げなかったら、いつまでも理不尽を被り続ける立場だったら?

この言葉は不平等だ。

 

でもそんなことも今はもうどうでもいい。

オリンピックのことももうどうでもいい。

家族のことももうどうでもいい。

でないと精神がもたない。もう抱えられない。私は。

 

 

私は創作活動をしているので、今月は作品で結構稼いだ。

虚しい。「お金」という単位に変換しないと周りと比較ができないから価値を感じられない自分が本当に嫌い。

鬱で就活が出来なかったから同期より給料が少ない。常にマイナスにいる。空いた穴を塞ぐために何かを作り続けていないといけない気がする。常に焦りしかない。

作品が作れなければ欠陥人間のまま。

 

世の中自分で作った作品で稼いでる人間なんて一握りしかいないのに、なんでもっと何かを感じられないの?

幸せなのに。私の心には穴が空いてて、幸せが貫通してそのまま逃げていく。決して満たされることがない。

自分でいることが嫌すぎる。

 

作品に興味ある人、一人でもいたら見ていって。

 
 
 
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それでも一応作品で稼いだお金にはとりわけ価値があると思っている。だからなるべく他のアートや音楽に費やすことにしている。循環させたい。

 

 

そういえば以前、大学の友達が、新卒のところで鬱になって無職になり、今は事務職を地道に頑張ってますみたいなことをFacebookに書いてた。

そういうこと書ける事自体すごいなあと思ってしまった。私は恥ずかしくて弱音を一切出せなかった。考えてみたら私の根底にあるのは全部恥だ。

 

あと鬱が酷かった時に私の音垢をブロ解した旧友が未だに作品垢はフォローしてくれてるの、私がもし作品垢でネガティヴなことを口にしたらここもブロックされるのだろうか?と、彼女からのアクションがあるたびに思ってしまって心に刺さる。

ネガティヴなことを呟くと人に嫌われます!辞めましょう!それが正解だったんだね。

 

あと、もう一つの職では超有名な大企業の社員とPRの仕事をさせていただいていて、自分のアイデアが採用されてバズったりしてた。

それがそっくりそのまま自己肯定感になった。

転職の面接でそのまんま「超有名な大企業の社員とPRの仕事をさせていただいた」「アイデアを使ってもらえた」って言うんか?

他人が知りたいその人の本質ってそこじゃなくね?

他人本意の私は他人から肯定、承認、評価されたものだけに価値があると思って生きてきたから、それらを手放した時、自分に何が残るのかわからない。就活で自分のいいところを一つも言えなくて何度も泣いてたな…

作品も売れなければ意味がないと思う。

 

他人を基準にすると人生は虚しいだけというけれど、点数とか偏差値とか、昔から他人から与えられた尺度でしか自分の存在を図れなかったから、それを失うと自分のアイデンティティも失う。

大学時代は家に持って帰るアルバイト先の残りのパンが自分の存在価値だった。

 

自分の人生に集中したい。でも集中できるほど自分自身に愛着もない。自分を辞められるなら辞めたい。

 

最近ツイキャスにハマった。誰でもいいから声を聞いていたい。自意識を手放したくて、気を散らしたくて、あらゆる音を流そうとしてる。

夜寝れない人向けにピアノを弾いてる人がいて神様かな?って思った。