I'm just holding on for tonight.

どこにも行けない呟き

精神の自立

気まぐれに過去の記事を遡って読んでたら、何年もずっと同じこと言ってて笑った。なんも成長してねえな。

 

Twitterはリアルで繋がる人が増えすぎて、死にたいを言えなくなった。

仕方なく代わりに毎日ネガティブを吐き出してる他人のアカウントをフォローして、そのツイにいいねするようになった。

何のためのSNSだ。元々私は別に周りの人間を真似て、わずかなキラキラを搾り取って見せるためにやってたわけじゃないのに。

自分がない。他人と同化してないと落ち着かない。

 

鬱になると優柔不断に拍車がかかる。

人生は選択肢の連続だから、毎日生き辛い。選択肢っていうのは何も大したものじゃなくて、日常の事細かな場面で遭遇するやつ。

例えば、お昼ご飯に何を食べるとか。

大学時代、お昼ご飯が買えなかった。食べたい物が思い浮かばない。コンビニを3件梯子して、食堂も3つ見て、それでも何も選べない。神経を尖らせながら、意味もなく何度も値段と炭水化物をチェックする。どれも金の無駄に思えた。太るだけに感じた。

散々休憩時間を無駄にして、結局何も買えないことが多かった。

ファミコロだけが好きだった。安くて、美味しくて、罪悪感がないから。

 

TwitterのTLでアダルトチルドレンの人の呟きを見た。

「自分の好きな服装が分からない。母親が喜ぶ服装は分かるのに」

あーなんか分かるなと思った。

私も未だに呪縛に引っかかってる。自分が買った服も、いちいち原材料をチェックされて文句を言われるのが怖い。それから値段が安かったら、わざわざ自分から母親に報告してしまう

本当は自分が気に入ればそれだけでいいはずなのに。

 

自分の事を自分で決められない。全てが無駄に思える。 価値がないように思える。

他人の評価や承認の中にしか自分を見出せないから、他人の存在に依存しているから、他人がいなくなると自分もいなくなる。

自分の為に生きられない。一人で生きられない。このまま生きていくのが怖い……

 

でも先日パンドラハーツを読んで、ちょっと安心した。「これが好き」って思えたことが。

以前ナマズのライブレポで自分が書いた言葉を思い出した。

「好く(love)」というのは、めちゃくちゃ能動的で、自分が自分の為だけに使う動詞。久々にこの動詞を使えたことが嬉しかった。

多分自分の好きなものを見つけることは精神のリハビリになると思う。自立の手助けになると思う。

 

好きなものを見つけなきゃ。

自分を作らなくちゃ。

今年は精神の自立を目標にしたい。

 

作品を作らなくなった

作品を作らなくなってから半年経った。

16年くらい前から作り始めて、当初はただただ楽しかったことが、クオリティを求めるようになるにつれてストレスを感じるようになって、遂に作るのを辞めてしまった。

行き過ぎた完璧主義が災いして、完璧じゃない自分が作品を作る意味が分からなくなって辞めた。

 

作らなくなったメリット

・自由な時間が増えた

・自分の技術力やセンスのなさにイライラすることがなくなった

・自分をがっかりさせる恐怖がなくなった

・就寝時間を気にしながら作品を作るストレスがなくなった

 

デメリット

スマホをいじる時間が増えて、他の人が載せてる作品を見て「自分はもう、そちら側の人間じゃないんだな…」と切なくなる

・アーティストの存在を妄信している節があって、曲がりなりにも自分もその中の一部であることを自己肯定感にしていたから、それを失った

・人が作った作品を消費して批判するだけの人を下に見ていたのに、自分もそうするだけの人間になっていくことに愕然とする

 

ストレスが減ったけど、代わりに虚無感が増えた。

 

昔から自己肯定感がびっくりするほどなくて、小学校高学年の頃にはもう、「自分は周りの子達より価値のない人間だ」とポジティブに結論付けていた。

だからまず、まともになる為に勉強を頑張って、加えて作品作りというアイデンティティをもってして、足りない価値を埋めようと思った。マイナスからのスタートだった。

 

母親は私が作品を作っていることが好きだったようで、兄の真似をしてゲームをすると露骨に不機嫌になった。「あなたにはちゃんとした趣味があるのに」と言われた。

でもまず勉強が出来なければ何の意味もなかった。

成績が悪かった時、作品を「こんなもの簡単に壊せるんだからな」と言われた。その一言は、自分の中でずっと考えてきたことの答え合わせだった。

 

まともになりたかったから美大を諦めてまともな大学に入った。偏差値という価値を手放すことが怖かったから。

 

でも結局出来損ないだった。まともな仕事に就けなかった。まともになる為の、勉強という、偏差値という1番の核だった価値を失って、その代わりになりうる職歴を手に入れられなかった。

だからその分更に作品作りを頑張らなければと思って、せめて少しでも自分の価値を埋めなければという焦りで、この数年間ずっと作品を作っていた。苦しかった。

 

そして正社員になった今、「まとも」に近づけた今、もう作る必要がなくなったのかもしれない。

解放されたのかも。

もう、疲れた。

 

脳内のごちゃごちゃを書き出しただけでもう1000字。

こういう文章は自分の脳内を整理するためだけに書いてる。そして吐き出すとそれだけ脳のキャパシティが開いてくれる気がして。

 

価値とか意味とかを気にしだしたところから、人間の精神は崩れていくんだと思う。

気付くのが遅すぎた。

 

バレンタインデー

自分の為にチョコを買った。

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チョコレート大好きなのに、1年前のバレンタインはそんなこと思いつかなかったなあ。

1年前よりまともになってんのかな。

 

消費するものなら買えることがわかった。

かといって、すぐに消費してしまう物だけにどんどんお金を費やすようになったら嫌だ…

 

昨年は6着ほど服を買った。全部メルカリで。中古だし、合わなければ同じ位の値段で売れば良いので、買ってしまったことへの罪悪感があまり湧かなくてよかった。

 

レコードプレーヤーを手に入れて気づいた。

私に必要なのはレコードプレーヤーじゃない、レコードプレーヤーを使う余裕だった。

 

プレーヤーのプラグをコンセントに刺して、レコードをケースから出してプレーヤーに乗せて、他に何もせず「音楽を聴く」という行為をする余裕がそもそもない事に気づいた。

スマホからは聴けるのに。

 

Twitterで、「外に出る事は出来るようになったけど代わりに部屋の片付けが出来ない」と呟いてる人がいて、なんかすごく分かると思った。

 

私も部屋の片付けが出来ない。

部屋のものに手をつける余裕がない。

 

【ライブレポ】じゅじゅ / ONE BY ONE

ライブに行ったらいつもレポートを書いていたけれど、昨年行ったライブのレポを1件書いてなかった。

それはアイドルのライブで、一応書こうとしたけれど、なんか頓挫してしまった。今まで洋楽のライブのレポしか書いてこなかったから、アイドル達を何て呼べばいいのか、呼び捨てでいいのか、さん付けするべきか、ちゃん、くんにするべきか、分からなかったから。本当にそんなしょーもない理由。

何故今更書こうと思ったのかというと、その時見たアイドルが2グループとも活動停止になったから。やっぱり記録に残しておこうと思って。

 

そもそもこのライブに行ったきっかけは、1人のアイドルとの出会いだった。

彼女を知ったのは、バズっててTLに現れたこの呟きだった。

なんか、まるで私のようだったから。

俄かに彼女への興味が湧いた。

もっとも私は就活を成功させる事もできなかった。面接ですぐに泣いていたから。自分の良いところを一つも言えなかったから。

ちゃんとした大学に行けたことだけを自己肯定感にしていた私はそこで、結局自分の中身は空っぽなんだと悟った。

 

彼女は推定で私と同い年だと思う。

そのツイートを見た当時はアイドルには全く興味がなかったけど、それがきっかけで彼女をフォローした。ブログも読んだ。

 

自分の名前も適当で、メンバーカラーも残りの色を貰っただけと、平然とそう話す彼女は、とにかくぶっ飛んでいて、私の中のアイドルの固定観念をぶっ壊した。

 

 

私の中のアイドル観といえば、可愛くて、それから自分が可愛いことを熟知していて、ひたすらポジティブで自己アピールの上手な子というようなイメージがあった。自分とは対極の人生を送っているという思い込みがあった。

こんなに共感できる、近くに感じられるアイドルに出会えると思わなかった。

 

親孝行のためだけに雑誌の表紙になりたかったと言っていた。

その気持ちが嫌という程分かって思わず泣いてしまった。

私も昔から両親にとって「いい子」でいることを自分の存在意義にしていた。いい子でいる為にいい高校へ行って、いい大学に入った。

いい大学に入ること自体が目的じゃないんだよね、その先にいつも親からの承認があって、それが絶対的だった。それがないと生きていてはいけない気がした。

働けなくなった時、自然と、何の疑いもなく、「自分が死ぬことが1番の親孝行だ」と思えて、初めて自殺未遂をした。

 

彼女のツイキャスも聴くようになった。

彼女が泣きながら話しているキャスもあった。

フォロワーが増えたからネガティヴなこと呟くのを辞めようとしたら、何も呟くことがなくなってしまった。でもファンは自分の幸せを願ってくれてるのに死にたいなんて言えない。でも本当は今でも死にたいと思ってるのにここでしか言えない。ボロボロ泣きながらそう言ってた。

私もTwitterで死にたいと呟いてリア友にブロックされてから、もう怖くて呟かなくなった。

色々わかりすぎて画面を乗り越えてハグしたかった。

 

実は私がこのブログで自分の感情を吐露するようになったのは、まさに彼女のブログがきっかけだった。

 

 

コロナで海外アーティストが全然来日しなくなって、国内のアーティストにも目が行くようになったのとか、色々ときっかけが重なって、遂に彼女のグループのライブに足を運んでみたくなった。

普段沢山のアイドルが出演するフェスとかの情報を見ても、敷居が高そうで行きたいと思えなかったけど、彼女の在籍するグループじゅじゅと、ちょうどその時気になっていたグループONE BY ONEの初の対バンがあると知って、これは行かなくてはと思った。

 

行ったのは9月15日。

転職活動の最中で、その日も面接があったから、ワンピースを一枚鞄にねじ込んで行って、終わってから駅のトイレで速攻で着替えた。

ライブハウスの入り口でワンバイのメンバーに偶然会って、びっくりして思わず歓声をあげてしまった。どう反応するのが普通なのか分からなくてオーバーにファンガールしてしまった。普段、洋楽アーティストの追っかけしかした事がなかったから。

いつも彼らとは一緒に写真を撮ってもらっていたけど、彼女たちはチェキで収益を得ているから、まあそういうことだろうなと思って何も言わなかった。

 

ライブハウスには可愛い女の子がいっぱいいて、ダッサい鞄とパンプスとメイクの私はめちゃくちゃ場違いな気がした。

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もらったサイリウムの付け方がわからなくて、隣の人につけてもらった。

 

じゅじゅのライブは、ただのメタルバンドのライブだった。いい意味で。それくらい楽曲のクオリティが高かった。

ヘヴィーでダークでとてもかっこよかった。

なんだか勿体ないなーと思った。彼女達と、あの世界中で人気になっているBaby Metalとの違いが、私には全然わからなかったから。Baby Metalは歌詞が稚拙であまり好きになれなかったから、じゅじゅの方がよっぽどいいと思った。

それからあんなにフォロワーが沢山いる彼女をこんなに近くで見れてしまって良いのだろうかと狼狽した。それくらい、このグループはもっと知名度があってもいいはずなのにと思った。

ちゅんさんはとても歌がうまかった。

こんなに重い(と思う)衣装を纏って踊りながら歌うのは大変だろうなあと思った。

 

せっかくだから特典会も参加した。券の買い方がわからなくて色んな人に聞いた。じゅじゅヲタたちはみんな優しかった。

チェキは私の顔が写っても別に嬉しくないから彼女だけで撮ってもらった。

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初めて手に入れたアイドルのチェキ。

かわいい。

 

いつもツイキャス見てます!と言ったら、なんと「じゃあ明日キャスやるね!」と言われてしまった。

そう、その翌日の彼女のキャスは私の為に開催されたキャスだったのだ。そういうことにしとこう。特別な思い出になったから。自慢させてください。

 

ONE BY ONEも最高にかっこよかった。

ダンスがキレッキレのころねちゃん、歌が激うまのまこちゃんと樹莉ちゃん、一番キラキラでアイドルしてた紗希ちゃん。

久保ちゃんのソロもすごく良かった。

一応私も写ってる。

 

私の運が悪いのか、はたまたアイドルとはそういうものなのか、見たアイドル両者とも活動停止になってしまった。目下、活動停止前にもう一度じゅじゅを見に行こうか考え中ではある。

今のところまた新しくハマれそうなアイドルはいない。いや、もう今後もないのかもしれない。

 

ちゅんさんももうアイドルはやらないと宣言している。

それでもいい。これからも自分の輝ける場所を見つけて輝いていてほしい。

数年間密かに見ていて(ファンを自称するのは憚れる)、この人は多分存在してるだけで誰かを沢山救ってるんだろうなあと思ったし、私もこれからも彼女の後をついていくと思う。

 

進まないYouTube動画

今月中に一人暮らしをする予定だったのに挫けてしまった。

 

先日イギリスから戻ってきた友人に会って、「イギリスなら2年間もワーホリできるよ」と言われて、なんだかお金を貯めとかなきゃいけない気がしだしたからだ。

 

昨年会った別の友人は翻訳家を目指して通信講座を始めていて、そんな夢を持ってもいいんだ、なら私も翻訳家になりたいかもしれないと思った。

 

こんなに人の意見にいとも簡単に左右される人間になるとは思ってなかった。

自分に何も期待してなかったから、人の話を聞いて、初めて「そういう事も出来るんだ」と気づく。初めて可能性を知る。

 

一応海外に住むのは私の憧れだった。でももう自分には到底叶う気がしない夢だった。諦めていた。

 

そもそも私の夢は何だったんだろう。

もともとあまり夢がない人間だった。期待する事が苦手だから。

小学生の時から既に自分が中学生になるなんて考えられなかったし、中学に入学した時にも自分の高校生の姿なんか思い描けなかった。

高校合格の数日後には塾は大学受験の話をしだして、全く気持ちがついていけなかった。

友人達の語る夢が次第に「職業名」に変わっていく事に焦っていた。

私には常に少し先までの視野しかなかった。

 

私の人生は劣悪なネット環境下で見るYouTube動画みたいだとよく思う。

先が見えないから、グレーの線、プログレスバーがなかなか先に伸びない。読み込みが上手く進まないから、動画がスムーズに進まない。プログレスバーに赤い再生バーがすぐに追いついて、その度に止まる。ガタガタ。

人生を生きるのが上手い人はきっと、夢とか、キャリアプランとか、そういう道が、プログレスバーがもうずーっと先まで伸びているから、スムーズに動画再生が進むんだと思う。

 

せめてもの気持ちで、作品をずっと作り続ける事を夢にしていた。

それくらいなら叶えられる気がしたから。

でも、数年前に海外での展示に参加する事ができて、そこでブチっと切れて、終わってしまった。それ以上の夢を用意できなくなってしまって、立ち止まってしまった。

それから自分の作品に価値を見出せなくなって、夢にする価値もない気がしてきた。

 

そして今、動画はまた止まった。

一応これから再就職を境にプログレスバーは動き始めるだろう。

でもそれはどこまで伸びる?何年そこで働く?どこまで行き着いたら、また何もできなくなって立ち止まって、動かなくなるんだろう。

 

私の動画は全然進まない。先が見えない。

 

レコードプレーヤー

レコードプレーヤーが買えないって、何度もブログに書いてきた。

自分のものを増やすのが怖いから。消えてしまいたいという気持ちと反対にベクトルが向く行為だから。

何年もずっとそう思っていて買えなかった。

 

 

先日、クリスマスプレゼントにレコードプレーヤーを貰ってしまった。

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Nothing But Thievesのvinylと共に。

 

予想してなかった。

どうしよう。

 

まだ消えてしまいたいのに。

 

私はどうしたらいいんだろう。

どう生きていけばいいんだろう。