You are what you love, not who loves you.

ロックとアートとお布団が好き。ちっちゃいものを作る人。ここでは好きな音楽の紹介を。

ライブ撮影について考える

 先月渋谷でNothing But Thievesのライブを見た時の話。

 ライブが始まってすぐ、自分の隣にいた男性が妙に気になった。彼は手にセルフィースティックを持って立っていた。ライブ撮影にセルフィースティック?ずいぶん気合入ってるな…と若干引きつつ無視しようとしたのだが、ライブが進むにつれ彼がしていたことを理解してしまった。彼はライブを全て撮影していたのだ。棒立ちで微動だにせず、時々カメラの位置を気にしながら、全セットに渡り撮影し続けていた。

 

 後日分かったのだが、彼はライブ配信をしていた。その場で会場の外に向けて発信し続けていたのだ。Youtubeにそのサイトに繋がるページがあったが、その先は会員制で入れなかった。見るのにあたり金銭が発生したのだろうか?もしかして彼はあの場で金稼ぎをしていたのだろうか?彼のあの行動は違法ではないのだろうか?

 

 だが、そんな疑問が浮かんだのはライブが終わった後日の話。

 その場の私はというと、ライブ中に突然脳内で大反省会が始まっていた。はじめ私はイラっとして彼のセルフィースティックをはたき落としてやりたい衝動にかられたが、出来なかった。どうしてそんなことが出来るだろうか。そもそも私は彼をどんな理由で糾弾できるのだろうか。出来るはずがなかった。

 だって私もその場でそのライブの写真を、映像を、撮っていたのだから。

 たとえ彼に比べてほんのわずかな時間だったとしても、数曲の、それもほんの一部分だったとしても。撮っていた事実に変わりない以上、彼のとっていた行動とまるで差異がないということに気がついた。

 途端に私はなんだか自分自身が馬鹿らしくなって、目に移る光景、周りの人々のカメラも全てが馬鹿らしく見えて、どうにも情けなくて申し訳なくて仕方なくなってしまった。

 

 もともと私は、私個人の意見だが、ライブでの撮影は別にあってもいいと思っていたし、事実自分もライブの時は毎回少なからず撮っていた。

 だが最近自身のその考えも変わりつつある。というのは撮影の大半が「写真」から「映像」に変わってきたからだ。一曲の間、または複数曲に渡って、スマホを構えて長々と映像を撮り続ける人が増えてきたように思う。その理由を自分なりに考えたが、TwitterInstagramなどメジャーなSNSでの動画の投稿可能時間が延びたからだと思うのだ。

 考えてみる。もしTwitterInstagramで明日からずっと、動画の投稿の一切が不可能になったらどうなるだろうかと。どうだろう。そうしたら、ひょっとしたらライブの映像撮影者は減るんじゃないだろうか。私はそう思う。もしそうなら、やはりSNSの機能の拡張に影響された変化になる。言い換えれば、SNSの存在に自分たちの行動が左右されているということになる。

 

 ここしばらくもてはやされていた言葉、「インスタ映え」という言葉が大嫌いだった。インスタ映えする建物、インスタ映えするスイーツ。どうして「もの」そのものへの賛美じゃいけないのだろう?どうしてそこに存在するそのものを真っ直ぐに可愛い、素敵だと思えず、四角く加工されSNSに載せられた後を重視しながら評価しなければいけないのだろうか。そしてこの言葉も、明日Instagramがパッと消えたなら、途端になんの意味も持たなくなってしまう言葉であり、SNSに自分たちの行動が左右された例だ。

 ひょっとしてライブ撮影でも、「インスタ映え」と同じような現象が起こりつつあるんじゃないだろうか?これは稀な話だが、以前記事で読んだステージに上がってアーティストとセルフィーを撮ろうとしたファンなど、最たる例だろう。本当にそのアーティストが大好きならば、彼らに近づく為の方法は他にいくらでもあっただろうに。

 

 たとえTwitterが存在しなくてもこの一瞬は残しておきたいもの?

 たとえInstagramが存在しなくてもこれは買いたいもの?食べたいもの?

 現代においてはかなり笑えない質問になりそうだ。

 

 自分の意思が純粋な意思なのか、それともその意思や選択の先には何かがあって、自分はそれらにコントロールされているのではないか。注意しなければならない。

 私は自分の目的や意思はSNSの中に存在すべきではないと思う。SNSの存在価値は時代によって変化する。そして簡単に消せる、消えうるし、存在しなかったこともありえる。ああ、私はそれらが存在しなかった時も確かに生きていた。そしてTwitterInstagramが存在しなくても、ライブには行っただろう。それは間違いない。

 ライブでの時間は自分の目の前に広がるリアルだ。一瞬でも自分の人生の一部だ。私はその「一瞬」を求めてチケットを買い、そこに行く。それはCDにもYoutubeにもSNSのどこにも存在しないその「一瞬」に価値を見出しているからだ。

 ライブでの撮影はとても魅力的だ。意識すればするほど一瞬で終わってしまう楽しい時間を思い出として残すことができる。だがその思い出が、副産物が、肥大化しすぎて目的に変わり、あろうことかその場で最も大切な「一瞬」を踏み台にしてしまうことの愚かさと、私たちは今一度向き合うべきだと思う。

 そしてステージ上のアーティストは、私たちと共有しているその「一瞬」を作る為に、そこにいる。それを犠牲にするような行為は、彼らに対する侮辱に値するのではないだろうか??

 

 そんな訳で、ライブでの彼らの最後の曲は、とりわけ皮肉めいて、悲しく聴こえたのだった。


"Hey you watching me
Lookin' through a screen
I'm here in front of you"

Nothing But Thieves - Amsterdam

 


Nothing But Thieves - Amsterdam (Official Video)